ブログ
2026年1月31日 8時04分57秒 (Sat)
姿勢は大事
自分の写った写真や動画を、人に見せるとしたら、もっと上手くなってからにしようと思ってきましたけれど、そうすると永遠に見せる時が来ないと思うようになり、このHPを作って載せるようになりました。
そのうえで、自分の姿を観てみると、姿勢が悪いですね。おそらく世間一般の方の認識では、良い姿勢の部類に入るのかもしれませんけれど、武術的には悪いと思います。
まず胸を張り過ぎていて、腰がのけ反っています。おそらく身体の中央に垂直な軸を立てることを最良と思った結果としてこうなっていたのだろうと思いますけれど、身体が硬直していてダメですね。ですから、技も固いです。これだと、速く動けないでしょうし、武術の世界でよく言う臍下丹田も使えませんので、相手にすぐに崩されるでしょう。
まだまだ試行錯誤中ですけれども、軸とは、もっとグニャグニャしていて、傾いているもののように思います。それに、力は背中側を通るような気がします。
そうすると、現状で考えられる良い姿勢とは、全体として、特に背中側に丸みをもたせて、上体の力が抜けた状態ではないかと思っています。
まぁ、自分でも整理がついていないので、的確な表現が見つからないのですけれど、理想としては、なんと言うか、張らずにボーっと立っている、或いは座っている感じですかね。
その点、諸賞流の71代師範の現御宗家は、昔から肩の力が抜けた感じで、良い姿勢をしているように思います。そこから、返し技の前方回転も、何事もなくスルッと回っていらっしゃいますからね。
私はすぐにカッとなって角を立てる性分なので、それが身体の使い方にも出ているのではないかと思っています。姿勢を直すには、まずは人柄の矯正から始めなくてはならないかもしれません。
そのうえで、自分の姿を観てみると、姿勢が悪いですね。おそらく世間一般の方の認識では、良い姿勢の部類に入るのかもしれませんけれど、武術的には悪いと思います。
まず胸を張り過ぎていて、腰がのけ反っています。おそらく身体の中央に垂直な軸を立てることを最良と思った結果としてこうなっていたのだろうと思いますけれど、身体が硬直していてダメですね。ですから、技も固いです。これだと、速く動けないでしょうし、武術の世界でよく言う臍下丹田も使えませんので、相手にすぐに崩されるでしょう。
まだまだ試行錯誤中ですけれども、軸とは、もっとグニャグニャしていて、傾いているもののように思います。それに、力は背中側を通るような気がします。
そうすると、現状で考えられる良い姿勢とは、全体として、特に背中側に丸みをもたせて、上体の力が抜けた状態ではないかと思っています。
まぁ、自分でも整理がついていないので、的確な表現が見つからないのですけれど、理想としては、なんと言うか、張らずにボーっと立っている、或いは座っている感じですかね。
その点、諸賞流の71代師範の現御宗家は、昔から肩の力が抜けた感じで、良い姿勢をしているように思います。そこから、返し技の前方回転も、何事もなくスルッと回っていらっしゃいますからね。
私はすぐにカッとなって角を立てる性分なので、それが身体の使い方にも出ているのではないかと思っています。姿勢を直すには、まずは人柄の矯正から始めなくてはならないかもしれません。
2026年1月28日 21時47分27秒 (Wed)
手の指についての、とりあえずのまとめ
前回のブログで、「手首の状態や腕の位置等によって、(手の)"旋回の中心軸"になる指が変わ」り、その指が「武器の把持の要」になると書きました。
この指を、前回は薬指として書いた訳ですけれども、上述のとおり、手首の状態や腕の位置等によって、把持の要は、薬指、中指、人差し指の間で変化します。それに、把持すると言っても、各指と対向する手のひらの部位との協働によって、条件によっては、必ずしも指を武器に巻き付ける必要もありません。
薬指、中指、そして人差し指を、時に柔軟に、時に強く締め込んで、手における武器の旋回の中心軸を作り、それをよどみなく移動させる必要があります。
一方で、小指と親指は、双方に力の向きか逆になって、手の中で、或いは手と一緒に武器を旋回させる主たる原動力になります。
そして、この原動力には、薬指、中指、人差し指の中で、把持の要になっていないものも加わります。
ただ、ここまで武器の把持と旋回を指の仕事として書いてきましたけれども、当然ながら対向する手のひらの部位の働きも重要です。武器のブレを抑えるという点では、手のひらの何処にどう武器を収めて挟むのかということの方が重要になるでしょう。
これまで順手による武器の握りを想定して書いてきましたけれども、これが逆手になればまた変わりますし、体術でも、当て身でも変わります。
各指の単体の動きは、締めるか緩めるか伸ばすしかありませんけれども、他の指と手のひらと手首との連携で、働きとしてはたいへん複雑になりますから、どの指が重要とは言えません。
とにもかくにも、各指と、手のひらと手首とを、滑らかに連携させることが肝になります。
この指を、前回は薬指として書いた訳ですけれども、上述のとおり、手首の状態や腕の位置等によって、把持の要は、薬指、中指、人差し指の間で変化します。それに、把持すると言っても、各指と対向する手のひらの部位との協働によって、条件によっては、必ずしも指を武器に巻き付ける必要もありません。
薬指、中指、そして人差し指を、時に柔軟に、時に強く締め込んで、手における武器の旋回の中心軸を作り、それをよどみなく移動させる必要があります。
一方で、小指と親指は、双方に力の向きか逆になって、手の中で、或いは手と一緒に武器を旋回させる主たる原動力になります。
そして、この原動力には、薬指、中指、人差し指の中で、把持の要になっていないものも加わります。
ただ、ここまで武器の把持と旋回を指の仕事として書いてきましたけれども、当然ながら対向する手のひらの部位の働きも重要です。武器のブレを抑えるという点では、手のひらの何処にどう武器を収めて挟むのかということの方が重要になるでしょう。
これまで順手による武器の握りを想定して書いてきましたけれども、これが逆手になればまた変わりますし、体術でも、当て身でも変わります。
各指の単体の動きは、締めるか緩めるか伸ばすしかありませんけれども、他の指と手のひらと手首との連携で、働きとしてはたいへん複雑になりますから、どの指が重要とは言えません。
とにもかくにも、各指と、手のひらと手首とを、滑らかに連携させることが肝になります。
2026年1月19日 17時32分27秒 (Mon)
小指と同等か、それ以上に役に立っている指があると思う
前回のプログで「小指と同等か、或いはそれ以上に役に立っている指がある」と書きました。
各指に役割があって、それらの関わり合いで手の機能が発揮される訳ですから、どれが一番ということはないのですけれども、"旋回の中心軸"の一つになるという点において、「薬指」等が重要だと、個人的には考えています。「薬指」"等"と書いたのは、手首の状態や腕の位置等によって、"旋回の中心軸"になる指が変わるからですけれども、剣術の順手の要領で刀や武器を持つ場合には、この中心軸がおおよそ薬指になると、個人的には考えています。
前回のブログで、「片手の中で小指側と親指側とで力の方向が逆向きになりますので、片手の中でも回転する力が発生します」と書きました。この回転の"中心軸"がおおよそ薬指だと、私は考えています。上述の順手の状態であれば、武器の握りだけでなく、腕の内旋(親指を身体の内側(体軸側)に向ける腕の捻り)でも外旋(親指を身体の外側(体側側)に向ける腕の捻り)でも薬指が旋回の中心軸になっていると思います。
旋回の中心軸になるということは、位置的な動きがないということですから、純粋に武器の握りや締め込みのみに関わることになります。
ですから、小指や親指については、武器の状態によっては緩めてしまった方が良い場合もありますけれども、薬指は常に武器を把持し続けます。つまりは、薬指が武器の把持の要だと言えます。
ただし、上で「手首の状態や腕の位置等によって、"旋回の中心軸"になる指が変わる」と書いたとおりですから、技や武器の状態によって、何処の指に把持の要が移っているのかを常に意識する必要があると思います。
また、今回は武器の把持を中心に書きましたけれども、"旋回の中心軸"になる指について考えることは、体術でも当身技でも大事なことだと思います。
各指に役割があって、それらの関わり合いで手の機能が発揮される訳ですから、どれが一番ということはないのですけれども、"旋回の中心軸"の一つになるという点において、「薬指」等が重要だと、個人的には考えています。「薬指」"等"と書いたのは、手首の状態や腕の位置等によって、"旋回の中心軸"になる指が変わるからですけれども、剣術の順手の要領で刀や武器を持つ場合には、この中心軸がおおよそ薬指になると、個人的には考えています。
前回のブログで、「片手の中で小指側と親指側とで力の方向が逆向きになりますので、片手の中でも回転する力が発生します」と書きました。この回転の"中心軸"がおおよそ薬指だと、私は考えています。上述の順手の状態であれば、武器の握りだけでなく、腕の内旋(親指を身体の内側(体軸側)に向ける腕の捻り)でも外旋(親指を身体の外側(体側側)に向ける腕の捻り)でも薬指が旋回の中心軸になっていると思います。
旋回の中心軸になるということは、位置的な動きがないということですから、純粋に武器の握りや締め込みのみに関わることになります。
ですから、小指や親指については、武器の状態によっては緩めてしまった方が良い場合もありますけれども、薬指は常に武器を把持し続けます。つまりは、薬指が武器の把持の要だと言えます。
ただし、上で「手首の状態や腕の位置等によって、"旋回の中心軸"になる指が変わる」と書いたとおりですから、技や武器の状態によって、何処の指に把持の要が移っているのかを常に意識する必要があると思います。
また、今回は武器の把持を中心に書きましたけれども、"旋回の中心軸"になる指について考えることは、体術でも当身技でも大事なことだと思います。
2026年1月7日 21時38分11秒 (Wed)
手は小指 ・・・だけで良いのか?
以前に書いたとおり、武道、武術の世界では、「足は親指、手は小指」と言います。
このうち、「足は親指」の教えについては、自分の理解が正しいかどうかはともかくとして、大筋で納得がいきます。
一方で、「手は小指」の教えについては、今一つ納得感に欠けると感じます。
もちろん、この教えは、他の指や手のひらの重要性を無視している訳ではないとは思います。ただ、この教えで小指ばかりを気にすることを助長する可能性があり、そうなると、いろいろな技、例えば、体術や刃の無い武器の扱いで不足を生じると、個人的には思います。
当然、教えのとおりに「小指」"側"を意識すると、良いことはあります。脇が締まりますから、例えば、剣術で、真正面に刀を振り下ろす、振り上げる、引き斬る、又は押し斬る、或いは体術で、腕を使って前方斜め上から相手を引き込む、又は前方斜め上に相手に向かって突き出す、というような動きで力を出せます。
江戸期以降の日本本土の武術は、諸手持ちの剣術を中心に発展してきましたので、諸手で真正面に刀を振り下ろすという動きを重要視したと思います。刀は、硬くて重くて、それそのものに斬るという機能が具わっていますから、それを扱う人間としては、その機能と慣性の邪魔をしないことが肝要で、刃筋を立てることと、その刃筋に沿った動きを刀にさせることに注意を払うことになります。結果として小指側重視の教えになるのだろうと、推測しています。
問題は、杖のような刃の無い武器でして、刀のような使い方をしたところで、相手の戦闘力を削ぐだけの明確な痛手を与え難いということです。こうした武器を扱うときには、打撃点を相手にめり込ませるぐらいの重みを瞬間的に掛けないと、十分な攻撃になりませんので、刃筋云々の扱いとは別の扱いになります。
こうした武器での諸手による打撃の際には、前の手の小指側の締め込みと同時に、母指球の締め込みと人差し指の第三間接周辺の押し込みが必要になると思います。このとき、片手の中で小指側と親指側とで力の方向が逆向きになりますので、片手の中でも回転する力が発生します。
相対的な回転は、前の手と後ろの手の間にも発生させますから、前の手では、母指球の締め込みと人差し指の第三間接周辺の押し込みを優位に働かせ、後ろの手では、小指側の締め込みと支持を優位に働かせることになります。そして、人差し指の第三間接周辺の押し込みを強く働かせるうえで、手首をわずかに内側に絞め込むことになります。
ちなみに、人差し指の第三間接周辺の押し込みを、剣術で使うと刃筋が狂う元凶になりますので、剣術の斬撃では、母指球での上からの抑え込みを使うことになるのだろうと考えています。
こうしてみると、手の各指の働きはそれぞれに異なり、どれも重要で、どれかに注意を払えば上手くいくというものではないように思います。
それに、上で「小指」"側"と書いたことからもお分かりだと思いますけれども、武器の把持と締め込みに貢献しているのは小指だけではありませんし、小指と同等か、或いはそれ以上に役に立っている指があると、個人的には考えています。この辺の話は、また次の機会に書こうと思います。
このうち、「足は親指」の教えについては、自分の理解が正しいかどうかはともかくとして、大筋で納得がいきます。
一方で、「手は小指」の教えについては、今一つ納得感に欠けると感じます。
もちろん、この教えは、他の指や手のひらの重要性を無視している訳ではないとは思います。ただ、この教えで小指ばかりを気にすることを助長する可能性があり、そうなると、いろいろな技、例えば、体術や刃の無い武器の扱いで不足を生じると、個人的には思います。
当然、教えのとおりに「小指」"側"を意識すると、良いことはあります。脇が締まりますから、例えば、剣術で、真正面に刀を振り下ろす、振り上げる、引き斬る、又は押し斬る、或いは体術で、腕を使って前方斜め上から相手を引き込む、又は前方斜め上に相手に向かって突き出す、というような動きで力を出せます。
江戸期以降の日本本土の武術は、諸手持ちの剣術を中心に発展してきましたので、諸手で真正面に刀を振り下ろすという動きを重要視したと思います。刀は、硬くて重くて、それそのものに斬るという機能が具わっていますから、それを扱う人間としては、その機能と慣性の邪魔をしないことが肝要で、刃筋を立てることと、その刃筋に沿った動きを刀にさせることに注意を払うことになります。結果として小指側重視の教えになるのだろうと、推測しています。
問題は、杖のような刃の無い武器でして、刀のような使い方をしたところで、相手の戦闘力を削ぐだけの明確な痛手を与え難いということです。こうした武器を扱うときには、打撃点を相手にめり込ませるぐらいの重みを瞬間的に掛けないと、十分な攻撃になりませんので、刃筋云々の扱いとは別の扱いになります。
こうした武器での諸手による打撃の際には、前の手の小指側の締め込みと同時に、母指球の締め込みと人差し指の第三間接周辺の押し込みが必要になると思います。このとき、片手の中で小指側と親指側とで力の方向が逆向きになりますので、片手の中でも回転する力が発生します。
相対的な回転は、前の手と後ろの手の間にも発生させますから、前の手では、母指球の締め込みと人差し指の第三間接周辺の押し込みを優位に働かせ、後ろの手では、小指側の締め込みと支持を優位に働かせることになります。そして、人差し指の第三間接周辺の押し込みを強く働かせるうえで、手首をわずかに内側に絞め込むことになります。
ちなみに、人差し指の第三間接周辺の押し込みを、剣術で使うと刃筋が狂う元凶になりますので、剣術の斬撃では、母指球での上からの抑え込みを使うことになるのだろうと考えています。
こうしてみると、手の各指の働きはそれぞれに異なり、どれも重要で、どれかに注意を払えば上手くいくというものではないように思います。
それに、上で「小指」"側"と書いたことからもお分かりだと思いますけれども、武器の把持と締め込みに貢献しているのは小指だけではありませんし、小指と同等か、或いはそれ以上に役に立っている指があると、個人的には考えています。この辺の話は、また次の機会に書こうと思います。
2026年1月1日 17時37分49秒 (Thu)
武術等での立ち方と、安定的な立ち方とは違う(気がする)
前回の「足は親指」からの流れで、今回は足底のどの位置に荷重の中心(ここでは「荷重点」と呼ぶことにします)をもってくることが良いのかについて考えてみます。
私なりにいろいろと試した結果として、武術における自然体(両足を左右に適度に開いた状態)での足底の荷重点は、動き易さの観点からみて、かかとと小趾球と母趾球の三角の重心付近のやや体軸寄りが良いと思っています。
ただ、この位置に荷重点をもってきて、揺れる電車の中に立っていると、けっこうバランスを崩します。私だけかもしれませんけれど・・・。
それで、電車の中でいろいろと試した結果として、足底の荷重点を、脛骨(内くるぶしの骨)の真下にもってくると、体勢がけっこう安定します。それに、この位置だと、骨で体重を支えることになるので、楽なのです。上述の武術の自然体の立ち方よりも安定した立ち方だと、個人的には思います。私だけかもしれませんけれど・・・。
武術等の立ち方には、安定性が求められると直感的には思う訳ですけれども、過度な安定は「居つき」(動きと注意力の途切れ)につながりますから、武術の世界では嫌われます。上述の武術の自然体の立ち方は、前方に向かう不安定さを内包させている訳で、実はバランスが悪いというのも、当然と言えば当然です。そして、前後方向における不安定さを、より顕著に内包させようと思えば、両足を前後に開くことになります。両足を開くことは、上体を安定させるためと思いがちですけれども、実際は、片足を抜けばそちらに倒れ込む、つまりはそちらに動ける訳ですから、動くために瞬時に不安定さを生じさせるための準備だと言えます。
私は、以前は、日常の自然体においても常に武術的な立ち方をしている方が良いと思い、そうしていましたけれども、そうすると、ふくらはぎ側の筋肉を無駄に使うものですから、身体に良いことはないと、この頃は思っています。
足底の荷重点の位置を変えて、稽古と日常のON・OFFをはっきりさせることも、身体を良好に保つうえでは、必要になると思います。
(2026/06/20 追記)
「足底の使い方の再々検討」で言及していますけれども、上の「武術等での立ち方と、安定的な立ち方とは違う」という認識は、誤りだと、この頃は思っています。
荷重を骨格で支えるというのは、武術においてなくてはならない、極めて重要な要素だと思います。
私なりにいろいろと試した結果として、武術における自然体(両足を左右に適度に開いた状態)での足底の荷重点は、動き易さの観点からみて、かかとと小趾球と母趾球の三角の重心付近のやや体軸寄りが良いと思っています。
ただ、この位置に荷重点をもってきて、揺れる電車の中に立っていると、けっこうバランスを崩します。私だけかもしれませんけれど・・・。
それで、電車の中でいろいろと試した結果として、足底の荷重点を、脛骨(内くるぶしの骨)の真下にもってくると、体勢がけっこう安定します。それに、この位置だと、骨で体重を支えることになるので、楽なのです。上述の武術の自然体の立ち方よりも安定した立ち方だと、個人的には思います。私だけかもしれませんけれど・・・。
武術等の立ち方には、安定性が求められると直感的には思う訳ですけれども、過度な安定は「居つき」(動きと注意力の途切れ)につながりますから、武術の世界では嫌われます。上述の武術の自然体の立ち方は、前方に向かう不安定さを内包させている訳で、実はバランスが悪いというのも、当然と言えば当然です。そして、前後方向における不安定さを、より顕著に内包させようと思えば、両足を前後に開くことになります。両足を開くことは、上体を安定させるためと思いがちですけれども、実際は、片足を抜けばそちらに倒れ込む、つまりはそちらに動ける訳ですから、動くために瞬時に不安定さを生じさせるための準備だと言えます。
私は、以前は、日常の自然体においても常に武術的な立ち方をしている方が良いと思い、そうしていましたけれども、そうすると、ふくらはぎ側の筋肉を無駄に使うものですから、身体に良いことはないと、この頃は思っています。
足底の荷重点の位置を変えて、稽古と日常のON・OFFをはっきりさせることも、身体を良好に保つうえでは、必要になると思います。
(2026/06/20 追記)
「足底の使い方の再々検討」で言及していますけれども、上の「武術等での立ち方と、安定的な立ち方とは違う」という認識は、誤りだと、この頃は思っています。
荷重を骨格で支えるというのは、武術においてなくてはならない、極めて重要な要素だと思います。
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